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この前読んだ本の中で

「喫煙者は多額の税金を収めてくれる上に、自らの寿命を削ることで将来の医療費削減に貢献している、政府にとって非常にありがたい存在である」

というようなことが書かれていて妙に納得してしまった。


ふつうタバコを吸うと早い段階からガンに罹りやすくなる、だから喫煙者を減らせば医療費を削減できるというのはよく言われてる話。

けど、ガンに罹りやすくなるということはさっさと死ねるということだし、タバコを吸ってなければ生きるはずだった残りの人生にかかるコストを0にできるってことにもなる。

確かに、ガンにならずに生き延びたとしても年金をもらわなきゃ生活できないし、それどころか死ぬ前に何年も病院に通うハメになったり、介護が必要になったり、ボケて畜生同然の扱いを受けたり、ロクでもない余生を過ごすことになる。

当然そういう「延命」には金がかかるし、人に迷惑もかかる。
そりゃ政府の本音としては働けなくなったらすぐに死んでもらうほうが都合がいいし、自分としてもそんな状態で苦しみながら生き続けるくらいなら、潔く逝ってしまったほうがよっぽど楽だよなあと思う。


世間だと、長寿は良いこと、健康を目指そうなどと言って、野菜を350g食べろだの、運動をしろだの、嗜好品は控えろだのあれこれ生活を縛って、なんとしても寿命を伸ばそうと躍起になってる。

けど、それで長生きできたとして結局80歳くらいになって病院通い、介護通い、挙句の果てには寝たきりになって、おかゆだかリンゴのすりおろしだか美味しくもないものを食べさせられて、最後は少なからず「ハァこれで介護から解放される」という安堵感を周囲に与えながら死ぬことになる。

それどころか、植物状態に陥って自分でも生きてるのか死んでるのかわからない体になって、呼吸も排泄も機械に頼りながら心臓が完全に止まるのを待つなんてこともある。
もはや生き地獄でしかない。

長生きしたとしても最後に苦しむのは一緒。
死ぬ直前まで超元気で、ある日突然眠るように死ぬなんてことはそうそう無いはずである。


だったら、好きなように生きて好きなだけタバコでも酒でも嗜んで、オッサンになった頃に病気になって、それでも脳だけは最後まで残って、きちんと遺書を書いて死ぬ。
こっちのほうが、よっぽど幸せなんじゃないかと思う。



ここでよく言われる。
家族がいたら悲しませることになるし、自分が死んだあとの生活はどうなる?
確かに、残された家族に酷な結果になる。

けれど、長生きしてから死んだとしても少なからず家族は悲しむし、上で書いたように介護やら医療やらで結局は大きな負担を強いることにもなる。
それじゃ、長生きしたって家族を幸せにできるとは思えない。

自分勝手に見えるけど、本当に家族のことを考えたら、
こういう見方もあっていいんじゃないか。




と、最近本気でこんなことを考えている。
「どうせいつか死ぬ」の意味の1つはこれ。 ラジカルすぎる気もするけど。


これから先、結婚したり子供が出来たりしたら、考えが変わるんかもねえ

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